あめのて

活字を垂れ流す

心の充電が切れて空っぽになってしまった時は筋トレをおすすめする

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これはもちろん、万人におすすめするわけじゃないんだけど、例えば辛いことが続いたり、頑張りすぎて心のエネルギーを消費しきってしまったり、何もかもから逃げ出したくなった時、そんなときの選択肢の一つとして筋トレをおすすめしたい。

ここで読むのをやめないでもうちょっとだけ聞いて欲しいんだけど、言い方を変えると「鬱」だとか「病んでる」ときね。
こういう時の健全な行動は、「瞑想」と「自傷行為」であると僕は思っている。
自傷行為が健全だなんていうと、一部の人たちから怒られてしまいそうなんだけど、それは間違いなく精神を安定させる行動であり、それでいて程度をわきまえれば他人に迷惑をかけることもない。
行き過ぎて「自殺未遂」になってしまったり、病院に搬送される程になるといけないけれど、本当の意味での「自傷行為」はそれをささない。
飽くまで精神的な「痛み」を、肉体的な「傷み」に変換して安心を得る行為が自傷行為である。

「瞑想」をして無心になり心の安らぎを得て、「自傷行為」によって心の苦痛を変換する。
これらの行為を、心の充電が切れた時の健全な対処法であると僕は考えている。

こういう考え方を持っている僕が、これらの代わりとしておすすめするのが「筋トレ」である。
ここまでの僕の考え方に共感できない方はこの先を読まなくても構わない。

瞑想と筋トレ

まず、筋トレは瞑想に似ている。

瞑想とは、心の中を無にし、安らぎを得る行為である。
瞑想の具体的なやり方として代表的なのが、呼吸に意識を集中する方法である。
瞑想のやり方の説明では、呼吸法を何より優先するものが多い。

それで、実は筋トレも同じなのだ。
筋トレでは実は呼吸が非常に重要で、呼吸を意識するのとしないのでは筋トレ自体の効果にも大きく差が出る。
筋トレ中は、ひたすら自分の呼吸と筋肉の収縮だけに集中する。
それでいて、辛いので雑念なんか生まれる余地もない。

これはとりあえず実践してみて欲しいのだが、何もせず無心になるというのはものすごく難しい。
なにも考えないという行為は非常に困難で、心が空っぽの時ほど、マイナスな考えが頭から離れない。
これがいつまでたっても精神的に安らぎを得られない原因なのだが、筋トレをしている最中はそんなこと全く考えられない。
意外と、筋トレをしている最中はあまりにも簡単に無心になれるのだ。
これはとりあえず実践して欲しい。
筋トレは瞑想に近い効果を得ることができる。

自傷行為と筋トレ

続いて自傷行為と筋トレについて説明していく。

自傷行為の理由と効果については様々なものがあるのだが、ここでは最初にあげた、精神的な「痛み」を肉体的な「傷み」に変換する行為のことをさす。

賢い方はもうお気づきかもしれないが、筋トレは肉体的に「痛い」。
それでいて筋肉組織を破壊する行為なので、肉体的に「傷む」。
まさに自傷行為と同じなのである。

致命的な違いといえば、周りから見た目でわからないという部分である。
自傷行為の目的として、視覚的な安心もあるので、そこに関して筋トレで補うことはできないが、逆に言えば誰にも見つからない自傷行為なのだ。

しかし、継続すればそれは肉体的な変化としても現れる。
きっとそれは君の精神状態ををいい方向に持っていくだろう。

筋トレによって自信がつく

さらに筋トレにはいい意味の副作用がある。

それは自分に自信が付くことである。
筋肉が付く、力が強くなる、それが本来の筋トレの目標なのだから、それらの結果は目に見えてわかるようになる。
そうなると、嫌でも自分自身に少しづつ自信が溢れてくるのだ。

この筋トレによる無自覚の自信は、基本的に良い方向にしか働かない。

まとめ

淡々とした説明ではあったが、この記事はどこかの誰かの社会復帰の手助けになればいいなあ、なんてお世話がましいことも少し考えながら書いた。

ちなみに、僕はここ一年以上筋トレなんかしていない。

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