あめのて

活字を垂れ流す

【小説】猫神さまと犬神さま

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今週のお題「犬派? 猫派?」


「犬派?猫派?」

とても軽い調子で、彼は聞いた。
きっとそれほど興味はないが、会話を広げるために気を使って無難な質問をしてくれたのだろう。その質問をした彼の顔はやはり笑顔で……かっこいい。

やっぱりわたしは彼が好きだ。付き合ってまだ一週間程度だが、私には彼しかいないと思っている。

お互い結婚を前提で交際を始めたので、ちょっとでもお互いのことを多く知っておきたい。だからこの何気ない質問も、お互いのことをより知るためのチャンスのひとつなのだ。

だからわたしは答えなければいけない。彼に合わせてできるだけ軽い調子で、笑顔で、わたしは猫派だよ、と。そこからまた会話が広がり、お互いの仲を深め合うのだ。

しかしわたしは、この質問を受ける度とても緊張してしまう。今までの人生でこの質問をされたことは何度もあるが、そのたびにわたしは必要以上の緊張をしてしまう。わたしにとってこの質問は、とても重要で重たい意味を持つ質問なのだ。

わたしの家は代々、猫を信仰している。

と言うと毎回笑われるのだが、決して冗談でも何でも無く、本当に何百年も前からわたしの家では猫を神として崇めているのだ。生まれた時から猫が神だと教えられたわたしにとってはそれが当然で、なんの疑問も抱かない。わたしの中では猫が神であり、救いなのだ。

また、犬を神と崇め信仰する者も存在し、過去に何度かその派閥が原因で争いなんかもあったそうだ。そんなことで争うなんて馬鹿馬鹿しいと思われるかもしれないが、信仰するもの同士が対立していると、争いが起こるのは当然の事なのだ。といっても、わたしが生まれてからは一度もそんな争いは起きてないし、そもそも犬を信仰するなんて罰当たりな人間に出会ったことも一度もない。まあ、出会うと必ず争いが起こるので、お互いに出来るだけ信仰を明かさないように生活しているからなのだろうけれど。

だからわたしにとって「犬派?猫派?」という質問は、神への信仰心を問われているような質問なのだ。ましてや結婚を前提にお付き合いをしている彼からの質問だ。もし彼が犬派で、猫嫌いの猫アレルギーだったりしたらわたしはどうしたらいいのだろう。猫を崇めるわたしが、猫アレルギーの男性と結婚するなんて許されることではないだろう。いや、それ以前に101匹猫ちゃんのいるわたしの実家に彼が結婚の挨拶に来ることもおそらく不可能だ。

彼が何気なく聞いた当たり障りの無い質問が、わたしを踏み絵と失恋の前に立たせていることなんて、彼は知らない。返答によっては、神からの天罰を受けたり結婚を諦めたりといった決断をしなければいけないことを彼は知らない。しかし彼に罪はない。だって彼はそんなわたしの事情など知る由もないのだ。

とまあ、たかがこんな質問に色々考えてしまったが、実際そこまで深く悩むことでもないだろう。彼も猫好きかもしれないし、たとえ犬派だとしても、猫が嫌いというわけじゃなかったらなんの問題もない。結婚相手にまで猫への信仰を強制するほどわたしの家はお堅くないし、家で必ず猫を飼わなければいけないなんて決まりもない。彼が猫アレルギーだったら、どこか別の場所で結婚の挨拶を行えばいいだけだ。ただ猫が苦手と言うだけなら、これから猫カフェにでも一緒に行って猫好きにさせてしまえばいい。

初めて出会えた結婚したいと思える男性から受けたこの質問だったので、わたしも少し考え過ぎてしまったようだ。そんなに深く考えず、気軽な質問には気軽に答えればいいのだ。かっこいい彼の笑顔に向けて、わたしも心からの笑顔を作って。

「わたしは猫派だよ」


僕の家は代々、犬を信仰している。

犬を神として崇め、称える、由緒正しい家柄だ。僕の家に嫁ぐ女性にも、必ず入信してもらい、儀式を受けることになっている。

猫を神と崇め信仰する家も存在し、その一族とは過去に何度か争いが起こっている。僕達にとって猫は悪魔のような存在であり、決して関わってはいけないことになっている。だから猫派の人間を家に入れるわけにはいかない。

僕がたった今、結婚を前提にお付き合いをしている彼女にした何気ない質問も、実はとても重要な意味を持っているのだ。彼女の返答によっては……僕は彼女との結婚を諦めなければいけない。

しかし、僕にとって彼女は理想の女性であり、心から愛している。僕には彼女しかいないと思っている。だからたとえ彼女が猫派だと答えても、これからドッグカフェにでも行って犬の素晴らしさを語り犬派にしてしまえばいいのだ。なんの問題もない。

僕の質問から一瞬間が空いて、彼女は答えた。

「わたしは猫派だよ」

とても美しい笑顔で。

あぁ、残念だ。残念だがしかし、僕は彼女が答える前の一瞬、少し悩んだような硬い表情になったのを見逃さなかった。きっと、答えに悩んだのだ。つまり、彼女は完全な猫派ではなく、本当は犬も大好きだけどどっちかというと猫派、といった感じなのだろう。だから一瞬迷ったに違いない。

ということはつまり、これから犬派にさせることもそう難しくない。そう信じて、僕は彼女をドッグカフェに連れて行くことにした。

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