あめのて

活字を垂れ流す

思わず方言が出てしまうことは、学校の先生を間違えてお母さんと呼んでしまうことに似ている。

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今週のお題「方言」

僕が生まれ育って、今現在も住んでいる場所は、北陸のとある田舎なんだけど、まあそれなりに方言も強い地域だ。
だからもちろん、僕が普段家族や地元の友達と話すときも思いっきり方言である。
それでも僕は、地元の人達からするとほぼ標準語のような話し方らしいのだけど、僕はそう思ってはいない。
しかし、僕自信方言というものが田舎臭く、適切な表現をするのにも向いていないと感じているので、できるだけ方言を使わないようにしているのも事実である。
少なくとも、目上の人と話す時などに使う敬語には、全く方言を使っていない。

そもそも僕は方言が嫌いだ。
地元の人意外と話す時は、方言が決して出ないように最新の注意を払っている。
それでも、普段の癖で思わず方言が出てしまうことがあって、そのときは非常に恥ずかしい思いをする。
共感してくれる人もきっといると思う。

人前で思わず方言がでてしまう恥ずかしさは、学校の先生を間違えてお母さんと言ってしまう恥ずかしさに似ている。
もしくは、友達の前では一人称に「俺」と言っているが、間違えて家で使っている「僕」という一人称を使ってしまうような恥ずかしさ。

正直これが言いたかっただけなのだが、きっと分かってくれる人がいると信じている。
僕にとっては、方言を使ってしまうことがこれほど恥ずかしいことなのだ。

元カノの話

ここからは蛇足になるのだが、方言の話になるとどうしても思い出してしまうので一応書いておこう。

僕の元カノは関東の人だった。
なのでもちろん標準語で、僕も方言を出すのは恥ずかしいので標準語のみを使って会話をしていた。
最初は標準語だけで正確に伝えたいことを表現するのに不便さを感じたが、数カ月ほどで標準語に慣れた。

しかしある時、彼女から「方言」が好きだという発言があった。
私は方言が好きだから、君も方言で話してほしいと。
一度標準語に慣れてしまった僕には、それから方言に戻すことはとても難しかった。
なんていうか、初めてすっぴんを見せるような。(ちがうかな)
それでも、標準語に慣れるために要した時間よりも長い時間をかけて、僕は彼女の前で自然に方言を話せるようになった。
そのおかげで、標準語のときよりより親密な関係になったような気がしたのだ。

きっと、僕にとって方言を話すと言うことは、心を許せているという証なのかもしれない。

まとめ

こんな着地点の予定ではなかったのだが、まあいいだろう。

ちなみにここで言った元カノとは、この記事の彼女と同一人物である。
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