あめのて

活字を垂れ流す

活字フェチについて

スポンサーリンク

僕は活字フェチである。

ブログ記事の一文目で自らの性癖の一つを暴露するのは正直言ってかなり恥ずかしいのだが、今回は活字フェチについての記事を書くので、どうせ暴露しないといけないのなら恥ずかしいことは最初に済ましておこうと、意を決して最初の一文目を入力したので、二文目は照れ隠しのために少々冗長になってしまっていることをお許しいただきたい。

活字フェチとは

さて、活字フェチとは何なのか、ご存知の人はいるだろうか。
いるわけないだろう。僕だって知らない。 おそらく辞書には載っていないだろうし、確固たる定義など存在しない。

そもそも「フェチ」の本来の意味からして完全に間違った単語である。

しかし、言葉なんてのは言ったもの勝ちだ。

僕の「活字が好き」という気持ちを表現するのに、最もしっくりくる言葉が「活字フェチ」なので、僕はこの言葉を使っている。
だからまあ、無理やり意訳するのなら「活字が好き」って意味になるのだろう。納得はいかないが。

説明

なので、ただ「活字が好き」だということと「活字フェチ」がどう違うのかを説明しようと思う。
自分で書いてて「そんな説明誰が聞きたいんだよwww」とか思っちゃったけど無視して続ける。自分の気持ちに嘘をついて続ける。

簡潔に言うと「活字を通して快感を得る」ことを「活字フェチ」だと思う。
そういうことにしよう。

では、どういうときに快感を得るのか。

たとえば、活字を読んでいるとき、活字を書いているとき。

それだけだ。うん、それだけだな。
活字なんて「読む」と「書く」以外にあるのか。無いだろ。

因みに、活字フェチの人は「読む」ことを「流し込む」、「書く」ことを「垂れ流す」と言う。

「この小説流し込むの超快感だわ〜。何時間流し込み続けても飽きないわ〜。脳内麻薬ドバドバだわ〜」
「やべぇ、我慢できねえ。はやく垂れ流してぇ」

みたいに使う。

このように活字を通して快感を得ているのだ。

こだわり

しかし、我々活字フェチはどんな活字でも快感を得るわけではない。
むしろ、活字フェチだからこそ活字に対してのこだわりが強く、嫌いな活字はとことん嫌いなのだ。

得意と好きは違う

あと、活字フェチだからといって活字を書くのが得意だとは限らない。
いや、むしろこだわりを持ちすぎて他人には分かりにくい文章だったり、人に読んでもらう前提で書いてなかったりで非常に読みにくいことが多い。

まとめ

なんだよ活字フェチって。
これ共感してくれるやついるのか。

あー、一番いい例え思いついた。
文学少女シリーズだ。
あれの本を食べて、甘いとか辛いだとか感想を言う描写がすごく共感出来る。
本を読むってそういう感じだよね!!って思う。
「流し込む」っていうか「食べる」の方が近いかも。
美味しい食べ物でお腹いっぱいにすると気持ちいいし。

“文学少女

“文学少女"シリーズ 本編+外伝 文庫 全16巻 完結セット (ファミ通文庫)