あめのて

活字を垂れ流す

僕はもうディズニーランドに頭が上がらない

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夢の国。ディズニーランド。

少なくとも僕たち地方の人間にとっては、ディズニーランドは夢の国である。  

「日常から隔離された世界」
「最も非現実感を味わえる現実の場所」

僕にはそういう厨二テイストの表現しかできないが、そういう場所なのである。

その感覚は、初めてディズニーランドに行った小学生の時から変わらず、今でもそうである。

僕の「恥」

これから話すのは、僕が「夢の国」で体験した、ディズニーランドの対応の素晴らしさである。
それと同時に、僕自身の「恥」を晒す。
あれは紛れもなく「恥」であり、失敗であり、迷惑な行為だった。
「若気の至り」だと言い訳して自分に言い聞かせても、思い出すだけで耳を塞ぎ目を塞ぎ大声で叫び出したい衝動にかられる。
それなのに何故、こんな話をするのかというと、僕がディズニーランドに迷惑をかけたお詫びと、その対応への感謝としてディズニーランドの素晴らしさを伝えたいという思いからだ。

しかしまあ、それは建前だ。
本音は、自分の過ちをこうしてネット上に書き、自分の知らない誰かに読んでもらうことで、少しでも許された気分になりたいからだ。
自分がただ、楽になりたいからだ。

これから先の文章は、そういった自己満足のマスターベーションなので、そういったものに嫌悪感を抱く正常な方はここから先を読むことはお勧めしない。
しかし、少しでも僕の懺悔を聞いてやろうという気のある人や、他人の過ちが大好物な人、他人の過ちを知ることで自分の経験にしようという人、ディズニーランドの神対応を知りたい人は、流し読みでも構わない。少しでも目を通していただけると嬉しい。

しかし、ディズニーランドの都市伝説や、神対応の話などは有名なものがいくつもあり、ネット上でも大量に探せる。
言ってしまえば、僕の話はそれらの内の一つに過ぎず、それほど大した話でも無い。いや、むしろつまらない。
だからこれはやはり、僕のただの懺悔に過ぎないのだ。ただ自分の過ちを振り返るために、ディズニーランドの名前を借りて口実にしているだけなのだ。

これはそういう話だということを、最初にご理解いただきたい。

僕の「初恋」

さて、やはり自分の過去の過ちを書くというのは抵抗があるもので、前置きだけで1000字も使ってしまった。  

こんな長い前置きを読んでくれたのに申し訳ないのだが、これからしばらくはただのノロケ話になる。
僕のディズニーランドでの「恥」を語るには、避けて通ることのできない話なのだ。

これは僕の「初恋」の話であり、ただの惚気話だ。
ただし、安心して欲しい。といった言い方は万人向けではないのかもしれないが、僕の初恋はこの話の1年半後に何の劇的な出来事もなく、とても普遍的な破局を迎えている。


そろそろ本題に入ろう。

僕の初恋は中学校を卒業してから3回目の冬だった。

「高3の冬」と言わずに、わざわざ回りくどい言い方をしたのは、高校じゃなく専門学校だったり、留年していたりしたからであって、特別な意味はない。

年齢で言うと18の冬。
初恋にしては遅いと思われるだろうか。
確かに、小学校でも中学校でも気になる子などはいたが、僕にとっての初恋は、本当の初恋はこの時であると言わせて欲しい。


ここから先、特定を避けるために余計な注釈や解説は避けて、出来事だけを完結に話す。
おそらく、思っている以上の疑問やツッコミどころがあると思うが、どうか気にせず柔軟に聞いて欲しい。


その初恋の相手と出会った場所はディズニーランドだった。
僕は出会ってすぐ、彼女に一目惚れをした。
だから僕はその日、少しでも彼女との距離を縮めようと積極的にアプローチを仕掛けた。
彼女も僕に対して良い印象を抱いていたらしく、僕たちの距離は急激に縮まった。
出会って数時間後にはずっと手をつないでディズニーランドを満喫していたし、彼女の方から寄り添ってきたりもした。
アトラクションで何時間も並んでいる時も、ずっと手を繋いでいたし、初対面にも関わらず話題も尽きなかった。
アトラクションに乗らずとも、二人で並んで手を繋いで歩いているだけで最高に楽しかった。
その日僕らはお互いにファーストキスを交わし、僕から彼女に告白をして付き合った。


以上が僕の初恋であり、僕らのその日の大まかな出来事である。

これだけを聞くと、本当にただの惚気話にしか聞こえないだろうが、まあ実際その通りである。
この日僕は最高に幸せだったし、これから1年半付き合うことになる彼女との馴れ初めの話であることは疑いようがない。

しかし僕はこの日、今思い出すと恥ずかしくて仕方がない失敗を犯していた。

僕の「携帯」

まあ、その失敗はとりあえず置いておいて、まずはまさにディズニーランドの神対応と言えるありきたりな出来事を話そう。

いったい何があったかというと、その日僕はディズニーランドで携帯を無くしたのだ。

いや、これも今考えてみると結構恥ずかしい、というかかなり恥ずかしいのだが、もう一つの恥と比べるとそうでもないのだ。
さらに、ディズニーランドの完璧な対応のおかげもあって、僕はこのことを大したミスだとは感じていない。

例えば、普段ショッピングセンターや道端で携帯を無くしたことに気がついたらかなり焦る。てか、家の中でも焦る。
まず冷静じゃいられないし、変な汗かくし、しらみつぶしに探しまくる。
ましてや一目惚れした女の子の前だ。携帯を無くすような頼りないひとだと思われたくないし、それぐらいで動揺するような人だとも思われたくない。
だから普通ならかなり焦るめちゃくちゃ恥ずかしいし、今すぐにでも逃げ出したくなる。
しかしここは、夢の国ディズニーランドだ。なぜかそれだけで、異常なまでの安心感があって、僕は自分でも驚くぐらい冷静でいられた。 その安心感は、ディズニーランドのキャストに携帯を無くしたことを伝えたときに、さらに膨れ上がった。
僕は携帯の色やキャリアを聞かれ、正確に伝えた。

「必ず見つけるので、ご安心してお待ち下さい」

そんなセリフを100点満点の笑顔で言われたら、どんな心配性の人でも心から安心するだろう。
だから僕は安心して待った。
安心しすぎて、彼女とめちゃくちゃにいちゃいちゃしながら待った。
ベンチに座って、抱き合いながら待った。

ふざけていると思う。今思うと、結構ふざけていると思う。
僕の携帯を一生懸命探しているディズニーランドのキャストさん達を余所目に、連れている女の子といちゃいちゃしまくっているのである。
僕がキャストだったらめっちゃムカつく。
しかしここはディズニーランド。
10数分後、いちゃいちゃしている僕らの元に、僕の携帯を笑顔で届けてくれたディズニーランドに、僕はもう頭が上がらない。

僕の「黒歴史」

さて、携帯の件でも鱗片が見えたが、僕の本当の「恥」はここからである。
だが、恥の内容自体はあまり変わらない。
「周りを顧みずいちゃいちゃした」という内容である。
ただ、それの規模が今度はかなり大きい。

ここで細かく具体的に状況を書くのは本当に恥ずかしいので、簡潔に言おう。


ディズニーランドでは決まった時間にパレードというものが行われる。
パレードの時間になると、道を開けるためにパレードのコースは通行禁止となり、立ち退きを強制される。
ディズニーランドのキャストが、交通整理を行って道を開けるのだ。

さあ、黒歴史を振り返る時間だ。

ベンチに座ってキスをしていた僕達の周りには、気づいたら誰もいなかった

気づいたときに、ディズニーランドのキャストが一人駆け寄ってきて、パレードだから道を開けてくださいと丁寧に伝えてくれた。
さすがにあのディズニーランドのキャストも100点満点の笑顔ではなく、ちょっと困った顔をしていた。

ああ、全面的に僕が悪い。
具体的にどういうところが悪いのかもよくわかっているし、めちゃくちゃ反省もしているのであえて言わないでくれ。

とにかく僕はこのときのことをとても後悔しているし、ディズニーランドには申し訳無く思っているし、あんな非常識な僕達に丁寧に対応してくれて感謝している。
だからこの出来事は若気の至りだと片付けさせてくれ。頼む。


とは言うものの、僕らはこのとき、客観的に見るほど恥かしいとは思っていなかったし、反省はしたが後悔はしていなかった。
彼女に至っては、僕が後日伝えるまでこのときの状況を把握していなかったようだ。(僕にメロメロで)

なぜなら、お互いに、この出来事は恥かしいけどいい思い出になるだろうと思っていたからだ。
そういうものだろう。
実際、別れるまではいい思い出だった。別れるまでは、だ。
こういう思い出は、別れた途端に黒歴史になるものなのだ。

……いや、否定しよう。
自分の発言を否定しよう。
今はいい思い出ではないと、はっきり言えない。
今でも、思い出したくない出来事はのは間違いないが、僕にとっては大切な思い出に違いないのだ。

話がそれたな。

これらの出来事が、僕がディズニーランドで経験した「恥」と「神対応」である。

僕の「まとめ」

なんとか話し終えることができた。
僕は長文を書くと、しりすぼみになってしまう傾向があるのだが、今回も例に漏れなかったようだ。

さて、タイトル通り、僕がこの記事で伝えたかったことは、ディズニーランドは素晴らしい!ってことである。
伝わっただろうか。

僕はやっぱりこの出来事を、大切な思い出BOXの奥にしまってあるし、この大切な思い出ができたのは全てディズニーランドのおかげである。

だから僕はもうディズニーランドに頭が上がらない。

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