あめのて

活字を垂れ流す

無駄なことって避けてる?

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自分の将来を想像して、自分が描く将来に必要のない時間は極力避けようとしてしまう。
自分が理想とする自分にとって、必要がないと思うことは全力で避けようと努力してしまう。

これは、将来なんの役にたつのかと屁理屈をこね、義務教育を放棄する学生と同じである。
実際僕もそうだったし、将来のビジョンが中学生頃から明確に見えていた僕にとっては、世界史や英語の勉強などはいかにして勉強しなくていい理由を探すかに必死だった。

というかまあ、今でもそうだ。
たとえ大金がもらえる仕事であっても、将来の自分にとってなんの為にもならないと思えば断る理由を探す。
自分の技術や知識が非常に向上する出来事も、将来の自分には役にたたないと判断すれば、避けようとする。

間違っていることだとは思わない。
どうせそんなやる気じゃ大した結果にはならないし、無駄な時間というのはできるだけ省くべきだと思う。

しかしまあ、今後どのような経験が役にたつかはわからないものでもある。
こんなことは将来絶対に役に立たないと思ったことでも、意外な場面で大活躍することは割とある。

ただ、もちろん本当になんの役にも立たないことだってある。
そんなことをするぐらいなら、他にやるべきことがあるし、完全になんの生産性もない無駄な時間というのも存在する。
そういうものは絶対に避けるべきだし、避けなければ損しかない。

そのはず。そのはずなんだけど、それらのどちらなのかを判断する術はない。

だったら、自分にとって無駄だと思うことは避けるべきなのか、それがなんの役にたつかはわからないのだからわざわざ避けるべきではないのか。

そういうことを考えてみた。

でもまあ、結論なんか出るわけはなく。
時と場合による、という汎用性あふれる結論しか僕には浮かばなかった。

それでも、せめて判断のヒントとなるようなことは欲しい。

欲しいよな。

けどな、わかんねぇんだよ。
わかるわけねえんだよな。

だからさ、そんなもん直感だよ。感覚。

なんとなく嫌だな〜と思ったらやらないし、無駄だろうけどちょっとおもしろいかもな〜って思ったらやるし。

それしかないよな。そんでいいんだよ。

以上!

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